Vol.01 「太布織」 三嶋紗織さん


▲三嶋紗織さん
▲三嶋紗織さん

【プロフィール】

大学在学中1年間英国にボランティア留学。卒業後、数年一般企業に勤務後2018~2021年スウェーデンのセーテルグレンタンに留学。帰国後、2023年より徳島県那賀町の地域おこし協力隊に就任。「太布庵」をベースに、太布織の継承・発展事業に携わりながら自らの作品を制作・販売している。

◉ Instagram ID   @tafu_weaving_studio



【太布織について】

太布織は和紙の原料でもある楮(こうぞ)の繊維が原料。

「楮の幹の部分を採り、蒸す→樹皮を剥ぐ→煮る→木槌で叩く→籾殻をまぶして踏みつける→水に晒す→乾かす→たたいて裂いた繊維を手績みして作った糸を地機で織り上げる」工程を経てつくられる。

太布織の歴史は長く、かつては東北地方南部以西の各地でつくられていたが現在では徳島県那賀町木頭地区でつくり継がれている。

◉三嶋紗織さんのこれまで

三嶋紗織さんは大学時代、暴力や批判をするのではなく、次の世代につながるようなオルタナティブな暮らしについて考える機会を得ます。「大学時代の学びに影響を受けたと思います。」

 

在学中、ギャップイヤー(*1)でイギリスのヨークにある福祉施設で一年間ボランティア滞在も経験しました。

 

ゼミでの研究テーマを突き詰めていく中で、特に従来の公教育に疑問を持ち、オルタナティブな教育に興味を持ちました。その際にフォルケホイスコーレという北欧独自の教育制度について学びます。

 デンマーク人のグルントヴィが掲げた「すべての人に教育を」というコンセプトのもと、試験や成績が一切ないこと、民主主義的思考を育てる場であること、知の欲求を満たす場であることで、いくつになっても人の「学びたい」欲求に応える学校です。

「私もいつかフォルケホイスコーレの学校に留学することになるのだろうなと思いました。」

 

卒業後は一般企業に数年勤め、その間、いくつかの学校を検討・見学して伝統的な手法を教えてもらえるセーテル・グレンタンへの留学を決めました。そこでは機織りと服作りを学びました。

 

 セーテル・グレンタンでは昔から使っている素材を使用して学ぶカリキュラムのもと、リネンやウールは栽培から、ウールは毛刈りから体験し、製作まで一貫して学びました。

「どのような素材からどうやって糸ができるのかを実際に手を動かして包括的に学べました。」

 


スウェーデンで暮らしているうちに、三嶋さんは、日本を客観的に見るようになります。

「スウェーデンも日本も根本的なものづくりの考え方に共通項があるように思います。シンプリシティ、迎合しないというスタンス、華美にしないところに美しさを見出すといったところでしょうか。多綜絖の機でつくるスウェーデンの織りは複雑で奥深く、とても面白いです。

 

その一方で、スウェーデンから日本を見ると日本のものづくりも質が高くバリエーションがとても豊富であると思いました。特にテキスタイルの多様性とそれぞれの質の高さが素晴らしいと思いました。」と話します。

 

三嶋さんは、「日本の古い繊維に関わることをしたい」とスウェーデンから帰国しました。

 

◉那賀町の地域おこし協力隊へ

帰国した当初、ちょうどコロナの流行していた時期で人と接する行動が制限されていた時期でした。

 

少しずついろいろな仕事をしながら、安価で大量生産・大量破棄する服飾産業の課題と逆の方向のことをしたいと、日本に残る自然布作りについて調べ始めました。

「自分は綿が入ってくる以前の織りをしたいと思ったからです。」

 

三嶋さんは国内で作られている自然布をいろいろ見に行きたいと思い、最初に一番消えてしまいそうな太布織を目指して動き出しました。

 

太布織の現状も掴めないまま木頭の太布庵へ連絡を取って来てみたところ、その日は「阿波太布製造技法保存伝承会」の総会が開催されている日で保存伝承会のメンバーが集まっていました。

人口の減少や時代の流れに伴い、このままでは太布織が衰退していってしまうという危機感のある会合となっていて、「新しい人を入れたい」という話が交わされています。

そこで三嶋さんは「スウェーデンで織について学んだ私が新しい感覚で太布織のお役に立つことはできないでしょうか。」と話してみたところ、ちょうど役所へ地域おこし協力隊の募集を打診したいというタイミングであることを知らされました。

そこで那賀町の地域おこし協力隊募集へ応募し、採用されることになりました。

 

「日本の自然布をあちこち見にいく予定でしたが、那賀町の地域おこし協力隊に採用されたので、今度は引っ越し資金を貯めないといけないということになりました。

結果的に、一番興味のあった太布織にご縁ができたので他の自然布の産地へは行けませんでした。」と三嶋さんは話します。

 

「私は、イギリスの田舎に行ったり、山小屋で働いたこともあったりして。興味があると、飛んで行ってその場にジャンプインしちゃうんですよね。周りの人から思い切ったね、と言われることもありますが自分の中で自然な流れかな、みたいな感じですね。」

 

と、三嶋さんはあくまでも自然体な行動派です。

色々なタイミングが重なり、自ら動いたことで三嶋さんは希望の場所で仕事に就くことになりました。

 

◉阿波太布製造技法保存伝承会の活動

「阿波太布製造技法保存伝承会」(以下、保存伝承会)の活動の拠点となっている「太布庵」は徳島市内から約90km、車で2時間ほどの那賀町 木頭地区にあります。

この地域では長い間太布織が盛んで、衣料や穀物袋、角袋、畳の縁など暮らしに密着して用いられていました。また、太布織は換金性も高く、村のほとんどの家にはた織機があり、村の女性たちは糸績みや太布織を行っていました。

 

後に木綿製品が流通すると太布の生産量は減少していき、ほとんど太布織が作られることはなくなりましたが、昭和59年に「阿波太布製造技法保存伝承会」が発足。

現在は「太布庵」に地域の有志が集い、糸績みの技術を新しい世代へ伝えたり、太布織の見学に対応したりしています。

取材時、保存伝承会会長の大沢善和氏が太布織の歴史的背景についてもお話しくださいました。

 


◉太布織の特色

「しろき布」としてその名を知られている太布織。その布は強く、洗うほどに繊維が柔らかくなっていく特色も持ちあわせています。

楮の繊維については、「素材の質感がリネンと綿の間みたいな感じですね。太布の糸は和紙と同じ楮でできています。」と、三嶋さんが糸績みの様子を見せてくださいました。

 

三嶋さんは楮畑に案内してくださいました。

「現在、保存伝承会で使う分の楮の栽培は地元の農家さんにお願いして育ててもらっています。

私も今年の冬、カジ断ちから樹皮を蒸して繊維を取り出す工程に参加しました。冬の寒い時期にする作業なのですが、夏にするやり方もあると聞いたので夏にも試してみたいと思っています。

ご縁があって畑を借りられたので、自分の畑にも皆さんに手伝ってもらいながら楮を植えてみました。

これからどう育っていくのかが楽しみです。」

 三嶋さんは、那賀町地域おこし協力隊としての活動について次のように話してくださいました。

「私は、保存伝承会の活動を推進する地域おこし協力隊としてこちらに来ました。就任する前から、どのような立場で保存伝承会と共に活動することが良いのかをずっと考えています。

保存伝承会は公的な団体で、広くオープンな活動・運営をしています。ここでの私の役割はボランタリーな感覚で太布織の保存・継承の活動のサポートをしていくのが良いかなと思っています。」

 

◉三嶋紗織さんのこれから

三嶋さん個人としてはこれからどのような活動をしていくのかという質問をしてみたところ、このような答えが返ってきました。

 

「私は、一人で作家になるということを目指しているのではないのです。太布織は糸績みの時間が全体の約90%にものぼる地道な作業です。

私は作家になるよりも糸を作った人にお金が入るシステム、循環作りがしたいです。そうすれば、糸作りをする人がもっと増えるのではないかと思います。

太布織は一つのものが完成するまでに、とても時間がかかります。一人でやるよりも、仲間と一緒にやりたいのです。」

最後に三嶋さんの言った言葉がとても印象的でした。

 

「現代社会の闇、繊維やテキスタイルはその象徴です。産業革命以降、機械の導入で生産性と利益のみを追求している業界だと思います。こうやって時間と手間をかけて糸を作るなんて資本主義への反逆児的な行為かもしれません。

 

そして、手仕事全体的にスポットが当たると良いなと思っています。手仕事にはそれにかけた時間が込められていると思います。こうやって人の手で作ったものには価値がある、そのことに自信を持ってお勧めしたいです。

さらに、太布織の可能性を広げるような、学んできたスウェーデン織りの技術を融合させた新しいもの作りにも挑戦してみたいです。」

 

昨年、高知の和紙屋さんと知り合い、楮で作られるものづくりをしているというつながりで、2024年6月に百貨店での販売会にも参加することになりました。

 

太布織と共に歩みはじめた三嶋紗織さん。

伝統ある太布織を大切に守ってきた木頭の人々と三嶋さんの新しい感覚が一緒になることで始まる「これからの太布織」が楽しみです。

 

◉三嶋紗織さんの展示販売情報

大丸高知店にて開催の「伝える和紙フェア」に参加

2024/6/26水 ~7/9火

太布織の布で製作した名刺入れを販売

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取材協力:阿波太布製造技術保存伝承会

徳島県那賀町木頭和無田イワツシ1

※毎週火曜日に活動。見学には予約が必要。

 

 

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◉参考図書

 「阿波の太布織」阿波太布製造技法保存伝承会著・出版

「別冊太陽 日本の自然布」2004年 平凡社出版

「草木布Ⅱ」竹内淳子著 1995年 法政大学出版局

「「ゆふ」を織る」横田康子・高見乾司・高見剛著 2000年 不知火書房出版

「自然布 –日本の美しい布--」安間 信裕 著2018年 キラジェンヌ出版

「織物の原風景 ―樹皮と草皮の布と機―」長野五郎・ひろいのぶこ著 紫紅社出版

 



[取材・撮影]: 遠藤ちえ / 遠藤写真事務所 @chie3endo