三嶋 紗織さん
生活の循環の中にある太布
秋、木頭はゆず収穫真っ盛り。すきっとした冷たい空気に包まれた小道を自転車で通ると甘酸っぱい良い香りが漂ってきます。帰り道、太布織保存会の最年長である榎谷千惠子さんのところへ寄ると、斜向かいの松葉の兄さんはいつも薪でお風呂を焚いています。
息子さんが持ってきてくれたさつまいもをそこで焼いて、よく千惠子さんや私に持たせてくれるのです。ある時は傍で夕ご飯のおかずにお魚を焼いていました。
「カマスですが、美味しそうに焼けてますねえ」と声をかけると嬉しそうにニコッと笑いました。さすがに木頭でも薪風呂の家庭はほとんどなくなったようですが「やっぱり薪風呂は良い」と言って続けています。
松葉の兄さんは92歳ですが、このあたりではいくつになっても“にい”、“ねえ”と呼び合うのだそう。わたしは、松葉の兄さんがいつもここに座って火の番をしている姿を見るのがとても好きです。ゴッホのタンギー爺さんを思い起こさせるような佇まいだなあと密かに感じ入っているのです。いつか風呂焚きのお姿を見られなくなったらとても寂しいなあとも感じています。
寂しいだけでなく、実は松葉さんの薪風呂習慣は太布製作に重要な役割を担ってもいるのです。薪を燃やした後に残る木灰。これが太布づくりには必要不可欠。
原材料の楮を蒸して樹皮を剥いだ後灰汁で煮るのですが、この灰汁は木灰から作られるのです。
以前、北海道でアットゥシ織りの研究をされている方にお会いした際、木灰が手に入らないからカセイソーダで代用している、という話を伺ったことがあります。しかしカセイソーダは木灰よりもアルカリ性が強く、pHのコントロールが難しいし何より昔の製法から変化してしまったことを嘆いておられました。
自然布のみならず染織の多くの場面で木灰が重要な役割を果たしてきましたが、生活スタイルが変わった今、ものづくりのやり方も変化を強いられてきたようです。
改めて、太布づくりは人々の暮らしの営みの中にあったのだと気付かされました。自分もいつかは薪を使うような生活をして太布づくりをまるっと自給できるようになってみたい・・・と今はそんなふうに妄想しています。
ちなみに、薪の種類もとても重要で、アルカリ度の高い紅葉樹の灰が太布づくりにはベストなのだとか。戦後の拡大造林のために日本各地で針葉樹林ばかりになりましたが、木頭も例に漏れず、急斜面すぎて植林できなかった箇所以外には針葉樹が植えられました。
移住当初、私の頭にあったのは太布という織物を学ぶということだけですが、深く知れば知るほどに、思いがけず生活の中のエネルギーのこと、地域の森林のことのなどミクロからマクロまで考えさせられています。木頭での暮らしはやっぱり面白いなあと、この文章を書きながらまた改めて感じています。
【三嶋紗織さん プロフィール】
文系大学卒業後、一般企業に勤務。
2018年から2021年までスウェーデンにある手工芸学校セーテルグレンタンにて
伝統的な手織りと縫製を学ぶ。
2023年から徳島県那賀町の地域おこし協力隊に就任 .
旧木頭村にて太布織を学びながら活動中