どこかで誰かがつくった記憶に残るもの 「ほんかく商店」野村智子
先日、地湧社から発行された『なりわい再考』を読んで、ふと祖父母の家のことを思い出しました。子どもの頃、車で30分ほどのところにあった母の実家に遊びにいくのが楽しみでした。祖父は私が小学校に上がる前に亡くなったため、あまり記憶がありませんが、仕事や旅行であちこちの国や地域を訪れていたようで、祖父母の家には見知らぬ土地の匂いのするものがたくさんありました。さまざまな国の人形や置物、日本では見たことのない楽器や、見るからに異国のものらしいアクセサリー、そして日本各地の民芸品もあれば、祖母の嗜む茶道の道具や能の面なども飾られている、子どもにとっては「珍しいものがたくさんある家」でした。今思えば、「郷土」「民芸」「芸能」「文化」などの文脈で語られるものが多かったのかもしれません。
『なりわい再考』は、長野の古民家で創作レストランを営む北沢正和さんが、町役場の職員だった1980年代に、信州の農山村に暮らす職人たちを訪ねて聞いた話をまとめた『生業再考』(地湧社 1984)と『信州の手仕事職人』(郷土出版社 1987)を再編し、今年の夏に出版されたものです。その土地で昔から営まれてきた手仕事を、暮らしの一部として受け継いで生活をつないできた人たち。地場の産業が工業化の波に飲み込まれても、求める人がいる限り妥協せずにつくり続ける職人たち。かつてどの国にも、どのまちにもいたであろうつくり手たちの言葉が、ページをめくるごとにものすごい鮮度ですぐ隣から聞こえてくるような本でした。
そんな手仕事が当たり前だった時代に生きた私の祖父母は、どこかへ出かけるたびに、その土地で昔から人の手によってつくられてきたものを買い求めていたのかもしれません。祖父の死後、祖母はずいぶん長生きしましたが、結局、彼らが歩んできた道のりや、訪れたまちの話を聞くことはありませんでした。祖母が亡くなりしばらくして、その家は壊されてしまいました。あそこにあったものたちが何だったのか、どこからきたのか、今となっては知る術はありませんが、私の手元に残ったいくつかのものが、今もわが家で存在感を放っています。
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【プロフィール】
野村智子
1979年生まれ。編集・ライター・企画業。地域に伝わる手仕事やそこから生まれた産業、文化、現代の地域が抱える課題やそれにまつわる取り組みなどに携わる。本や古物を扱う「ほんかく商店」をイベントにて不定期出店。
Instagram @nomuratomoko_himazine